高次脳機能研究班
脳のメカニズムとその障害を理解するための
2つのアプローチ
-神経心理学と神経機能画像-
吉澤 浩志
メンバー
吉澤浩志、内山由美子(八千代医療センター)、関美沙(大学院生)、風間敏男(大学院生)
研究資金
文部科学省科学研究費基盤研究(C)主幹研究;平成30年度―32年度「認知症における発症防御因子;認知予備能の意義とその神経基盤」
文部科学省科学研究費基盤研究(A)分担研究;平成30年度―32年度(主幹;慶應義塾大学理工学部)「手づたえ教示のデータロボティクス」
高次脳機能とは言語、行為、視空間認知、記憶、遂行機能など、大脳皮質が営む人間の複雑な神経機能をさします。様々な神経疾患によって生じる高次脳機能障害全般を診療対象としますが、高齢化社会を反映して増加している認知症の評価、原因精査なども行っています。脳損傷者の臨床症状の精密な観察と分析、治療効果の判定を方法論として重視しています。例えば「物忘れ」といっても、それが単なる記憶自体の問題なのか、言語の問題なのか、物事を順序立てて行う機能に問題があるのか、様々な要因があります。一人ひとり症状は異なり、複合していることもあります。じっくり時間をかけて診察し、そしてあらゆる神経心理学的手法を駆使して、背景にある脳のメカニズムとその障害の機序の理解をしていきます。
すべては一人一人の患者さんを診察するという基本的なところから始まりますが、数多くの患者さんの神経心理症状とその経時的推移を、疫学的に、かつ統計学的に解析することにより、正常老化と病的老化(認知機能障害)との違い、そしてAlzheimer病、Lewy小体型認知症、脳血管認知症など疾患による症状の違いを明らかにし、正確な早期診断能を実現することも目標としています。また、その障害メカニズムが明らかにすることにより、リハビリや予防という治療アプローチに方向性をつけることができます。
従来は脳の機能を解明するためには、以上のように患者さんを直接診て、臨床的な観察から脳のメカニズムを探ってきたわけですが、最近20年間で発達してきたのが神経機能画像研究という方法論です。これはこれまで直接見ることができなかった脳の活動を、機能的MRIやPET、SPECT、光トポグラフィーなど様々な非侵襲的脳機能撮像法で可視化するものです。これらの方法により、健常人の脳機能を確認し,患者さんの症状と比較することが可能となってきました。これらの知見が積み重ねることにより,ヒト脳機能を一つ一つ解明していくことができます。
人間の高次脳機能の解明のアプローチは多彩であり、医学だけではなく,心理学や言語学,工学といった分野の人たちと、さまざまなものの見方で議論することが必要です。従ってきわめて学際的な分野であると言えます。当研究室では工学系に関しては慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科と、認知心理系に関しては早稲田大学文学部心理学教室および上智大学言語聴覚研究センターと共同研究体制を組み、大脳の高次脳機能のメカニズムとその障害機序の理解を深めていきたいと考えています。
研究テーマ
【1.臨床神経心理】
失語、失行、失認、記憶障害、遂行機能障害など高次脳機能障害臨床例の詳細な臨床検討を行うことにより、大脳のメカニズムとその障害機序、そしてリハビリの方向性につき検討を加えます。個々の症例の神経心理学的解析を通して、脳機能のシステム的理解を目指すことを目的としています。
【2.認知症前向きコホート研究;TWMU dementia registry】
当科を受診し治療経過観察中の認知症・軽度認知障害の患者さん約500名を対象に、日常臨床を通して、認知症の初期診断の妥当性、臨床経過、治療効果などを検討します。認知症の進行には様々な増悪因子、あるいは保護因子があるといわれており、長期経過を見ることにより、疫学的解析から検討していきます。認知症に対する増悪因子と考えられている脳血管障害に関しては脳卒中研究班と共同で研究に当たり(TWMU CVD(SVD) study)、糖尿病など生活習慣病に関しては当院糖尿病センターと共同で検討し(ADDM study)、適切な評価・治療につとめています。また新たな疾患修飾薬などの臨床治験も積極的に行っています。
【3.神経機能画像研究;最新のimaging技術を用いたbrain mapping】
FDG-PET, SPECT, DTI-MRI, rsfMRIなどの新しい画像診断技術と、FreeSurfer, SPM12, FSL, AFNI, BrainVoyagerなどの最新の画像解析ツールを用いて、正常者、軽度認知障害、認知症の脳機能と脳障害の機序の解明を目指しています。特に認知機能低下に抗するといわれている認知予備能(病前の知的機能や生活習慣、運動、余暇活動の仕方など)の神経基盤とメカニズムに焦点を当てています。
【4.認知神経心理学的研究】
主に書字障害、上肢運動障害を対象に、運動の3次元解析を行い、頭頂葉あるいは小脳における書字運動のモデル化を目指しています。現在慶応大学工学部システムデザイン工学科で開発中の「ハプティクス診断システム(motion copying system)」を用いて、動作中の力触覚の取得を通して、動作データからキネマティクス(位置、速度、加速度、躍度)およびダイナミクス(力触覚)の抽出を行うことにより運動障害の定量的解析を行っています。