高次脳機能研究班
脳のメカニズムとその障害を
理解するための
2つのアプローチ
-神経心理学と神経機能画像-
吉澤 浩志
メンバー
吉澤浩志、関美沙、柏木英人、山岸沙衣、下村礼門
神経心理学は、大脳の高次脳機能のメカニズムを扱います。対象は、高次脳機能障害全般(失語・失行・失認・記憶障害・遂行機能障害など)ですが、最近では高齢化社会を反映して増加している認知症の診療を中心に行っています。脳損傷者の臨床症状の精密な観察と分析、治療効果の判定を方法論として重視してきました。個々の患者さんの症状を詳細に検討し、神経心理学的手法を駆使して、背景にある脳のメカニズムとその障害の機序の理解に迫ります。一人の患者さんを診察するという基本的なところから始まりますが、数多くの患者さんの神経心理症状とその経時的推移を疫学的に、かつ統計学的に解析することにより、正常老化と病的老化(認知機能障害)との違い、そして認知機能障害の中でAlzheimer病、Lewy小体型認知症、前頭側頭型認知症、脳血管認知症など疾患による症状の違いを明らかにし、正確な早期診断能を向上させることも目標としてきました(Yoshizawa et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry, 2013; Yoshizawa et al. Dement Geriatr Cogn Disord, 2013; Seki et al. Cerebrovasc Dis, 2022)。その障害メカニズムが明らかにすることにより、リハビリや予防という治療アプローチに方向性をつけることができます。
従来は以上のように脳の機能を解明するために患者さんを直接診て、臨床的な観察から新たな脳のメカニズムを探ってきたわけですが、最近20年間で発達してきたのが神経機能画像研究という方法です。これはこれまで直接見ることができなかった脳の活動を、機能的MRIやPET、SPECT、光トポグラフィーなど様々な非侵襲的脳機能撮像法で可視化するものです。これまでは患者さんの症状と病巣部位との関連から仮説やモデルを組み立ててきましたが,健常人の脳機能を確認し,患者さんの症状と比較することが可能となってきました。現在SPECT, FDG-PET(図1), 機能的MRI(図2), 拡散テンソル画像(図3)などを用いた健常高齢者ならびに初期認知症患者さんにおける画像解析を進めています(Yoshizawa et al. Psychiatry Res, 2014)。
今後は、これまで心理学や哲学が考察の対象としていた感情や創造性といった領域に研究は進んでいくと思われます。このため,医学だけではなく,心理学や言語学,工学といった分野の人たちと、さまざまなものの見方で議論することが必要で、きわめて学際的な分野であると言えます。当研究室では工学系に関しては慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科と、認知心理系に関しては金沢大学国際基幹教育院臨床認知科学・心理学研究室および慶應義塾大学大学文学部心理学教室、上智大学言語聴覚研究センターと共同研究体制を組み(図4)、大脳の高次脳機能のメカニズムとその障害機序の理解を深めていきたいと考えています。
現在進行中のプロジェクト
1.神経心理検査における病態背景因子の検討
これまで高次脳機能検査として蓄積された13年間(2010年1月~)、約2200例のデータベースを用いて行う探索的心理統計解析を通して、神経心理症状の背景にあるヒト認知機能のmodalityを構築していきます。また、失語、失行、失認、記憶障害、遂行機能障害など高次脳機能障害臨床例の詳細な臨床検討を行うことにより、大脳のメカニズムとその障害機序、そしてリハビリの方向性につき考察を加えます。個々の症例の神経心理学的解析を通して、脳機能のシステム的理解を目指すことを目的としています。
2. 認知予備能の臨床応用(金沢大学臨床認知科学研究室との共同研究)
受けてきた教育、従事してきた仕事、適度な運動や創造性のある趣味など、様々な個人の経験の蓄積が、認知症発症リスクを減らす働きがあると考えられます。このように加齢変化や病気による変化に対して認知機能を保とうとする抑制力、予備力のことを「認知予備能(CR)」と呼び、認知症予防の観点から重要な視点です。しかしその正しい認識と脳内メカニズムはまだわかっていません。当研究班では金沢大学で開発されたCRの新しい評価法の臨床応用と、各種画像診断技術を用いてその脳内メカニズムの検討を行っています。
3. 認知症前向きコホート研究;TWMU dementia registry
当科を受診し治療経過観察中の認知症・軽度認知障害の患者さん約500名、脳血管障害班で経過観察中の脳小血管病約1000名を対象に、認知症の初期診断の妥当性、臨床経過、治療効果などを検討します。認知症の進行には様々な増悪因子、あるいは保護因子があるといわれており、長期経過を見ることにより、疫学的解析から検討していきます。脳血管障害の認知症に対する増悪因子に関しては脳卒中研究班と共同で研究に当たっています。また新たな治療法模索のための新規薬剤の臨床治験も積極的に行っています。
4.糖尿病の認知機能に対する影響の解明
単施設共同研究(東京女子医大脳神経内科-糖尿科)(ADDM study;2010/4~)の前方視的な蓄積データを用いたII型ないしI型糖尿病患者における認知機能悪化に関する疫学研究です。認知症発症に寄与する各種危険因子の検討、非糖尿病患者との比較検討を行っています。
5. 認知神経心理学的研究(慶応大学文学部との共同研究)
神経心理検査においてこれまで解釈されることのなかったエラー反応の意味内容と反応の時系列を定量化することを目的とします。同時に,ビッグデータ解析によって,データ駆動型の仮説生成や特徴探索,判別モデル作成を機械学習やデータマイニングといった分析手法を用いておこないます。心理検査結果におけるヒトの意味構造解析における機械学習の応用法を探索しています。
6. 運動障害の定量的解析研究(慶応大学理工学部システムデザイン工学科と慶応大学文学部心理学科との3大学共同研究
現在慶応大学でロボット工学を応用し開発中の「ハプティクス診断システム(motion copying system)」を用いた、動作中の力触覚の取得を通して、動作データからキネマティクス(位置、速度、加速度、躍度)およびダイナミクス(力触覚)の抽出を行います。これまでは健常者にて(慶応大学文学部分担)データ収集を行い、今後は患者(小脳損傷、頭頂葉損傷、パーキンソン病、失行症例)における運動障害の機序解明に挑みます。
7. 脳機能connectivity解析(ABiSおよび東京工業大学情報工学科との共同研究)
FDG-PET, SPECT, 拡散テンソル画像, 機能的MRIなどの新しい画像診断技術と、FreeSurfer, SPM12, FSL, AFNI, BrainVoyagerなどの最新の画像解析ツールを用いて、正常者、軽度認知障害、認知症の脳機能と脳障害の機序の解明を目指しています。当科でこれまで初期認知症に対して収集した64軸拡散テンソル画像、安静時機能的MRIデータに対して、multimodal imaging analysisを用いた解析として、データ駆動型の仮説生成や特徴探索を目的としたリンクマイニングや機械学習(深層学習)を用いた脳内ネットワーク解析を行っています。神経疾患における初期診断に寄与する因子を検討します。
高次脳機能班のデータベース
1)神経心理検査(高次脳機能検査)データベース
1992~(計約4100例)
2010/1~(2022/3現在計2250例)
2)脳血流SPECT データベース
1990~HMPAO data(GCA9300) ;400件/年×20年
2010~ECD data(BrightView) ;350~400件/年×12年
3)Alzheimer病データベース(TWMU dementia registry)
2016/9~2023/4現在計512例
4)脳小血管病データベース(TMWU small vessel disease registry)
2015/10~2020/3現在計1000例;脳血管障害班のデータベース)
5)ADDM studyデータベース(糖尿病センターとの共同研究)
研究資金
1)文科省科研費 基盤研究(C) 「認知症における発症防御因子;認知予備能の意義とその神経基盤」主任研究(主幹;東京女子医大吉澤) 2018年度~2023年度
- 2)文科省科研費 基盤研究(A) 「人間動作のアクセス時空間制御基盤の創生」
分担研究(主幹;慶應義塾大学理工学部桂誠一郎 2021年度~2023年度
- 3)文科省科研費 学術変革研究(A)
「生涯学の創出-超高齢社会における発達・加齢観の刷新」
分担研究(主幹;京都大学月浦崇、A03臨床心理班;認知症分野分担)
2021年度~2024年度