神経免疫研究班
神経免疫疾患の最適な治療を目指して
清水 優子
メンバー
清水優子、池口亮太郎、小嶋暖加、松島崇子、根東明広、前田有貴子、黒田理恵
研究資金
文科省科研費(基盤研究C)「多発性硬化症・視神経脊髄炎関連疾患合併妊
娠の再発予防に有用なバイオマーカーの検索」代表 清水優子 2022年~2025年
厚生労働科学研究費:神経免疫疾患領域における難病の医療水準と患者の QOL 向上に資する研究(主幹:桑原聡) 2023年
厚生労働科学研究費:神経免疫疾患のエビデンスによる診断基準・重症度分類・ガイドラインの妥当性と患者QOLの検証(主幹:桑原聡) 2022年
令和3年度佐竹高子研究奨励金「二次性進行型多発性硬化症の早期診断における歩行機能検査の有用性について」 2021年
厚生労働科学研究費:視神経脊髄炎の再発に対するリツキシマブの有用性を検証する第2/3相 多施設共同プラセボ対照無作為化試験(主幹:宇多野病院 神経内科)(~2019年3月)
免疫機構は、私たちが生きるためにウイルス、細菌やストレスといった外敵から身を守る重要なシステムです。当研究班が専門に診療を行っている神経免疫疾患は、神経免疫メカニズムが「勘違い」を起こし、自分の神経・筋を自分で攻撃してしまうために起こります。したがって、免疫疾患の原因解明は、「免疫システム自体=生命の仕組み」を研究することにつながっています。
私たちが生きていくための「要:かなめ」である「免疫」を研究することは、私たちの身体が守られている仕組みや、進化のメカニズムに迫ることにつながります。神経免疫疾患の研究とは、「免疫バランス」の勉強です。攻撃システムと防御システムのバランスが均衡していれば問題がないですが、そのバランスが崩れてしまうと病気(疾患)が起きてしまいます。バランスを崩す因子を見つけて、それをいかに抑え、免疫を均衡にすればよいのか、を探求する学問です。これらはとても興味深く、未知の部分がたくさんありますから、研究を進めるうちにさらに興味が湧いてくるでしょう。われわれの研究は、日々の「患者さんを診る」ことから生まれた疑問が出発点になっており、他施設共同研究も含め、研究結果が日常臨床に反映されることが特徴です。
当科には多くの神経免疫疾患の患者さんが通院されており、中でも多発性硬化症(MS)、視神経脊髄炎(NMOSD)、重症筋無力症(MG)さんが多いです。いずれも男性よりも女性の患者さんが多く、当科には全国から神経免疫疾患の患者さんがセカンドオピニオンも含め紹介・来院されています。特に女性の患者さんは、妊娠・出産というライフスタイルのなかで、いかに疾患をコントロールしていくのかは、ファミリープラン、家庭生活、育児、そして昨今課題になっている女性のキャリアアップも含め、疾患をどう向き合っていくのか、大きな「分岐点」になります。1)当科ではこれまでの経験を活かし、患者さんに合わせたきめ細やかな診療を心掛け、当院の臨床経験豊富な産婦人科、小児科と連携し、現在およそ60人の患者さんが新しい家族を迎えられておられます(2023年5月現在)。成長されたお子さんと一緒に受診される患者さんにお会いすると、大変うれしいです。また、就労・就学に関しても、希望の学校・会社に合格した、職業に就けた、というお話を伺うと、私たちもとても充実した気持ちになり、患者さんのお役にたてたことを実感いたします。
日本でも、MSの再発予防薬として使用できる疾患修飾薬が以前より増え、7種類(8製剤)が使用可能となっています。そして、NMOSDも4剤の生物学的製剤が使用可能となっており、患者さん各々のライフスタイルに合わせた治療が選択できるようになりました。MGも、以前はステロイドや胸腺摘出術が主流でしたが、現在では免疫抑制剤に加え、生物学的製剤が保険適応になり、治療の幅が広がっています。そしてステロイドの減量・中止が可能になり、患者さんのQOLが改善しています。
当科は、神経免疫疾患関連の治験担当施設にもなっています。治療困難な神経免疫疾患の患者さんには、速やかに血液浄化療法(免疫吸着、二重膜濾過法、血漿交換療法:ギランバレー症候群、フィッシャー症候群、治療抵抗性MS、NMOSD、MG、自己免疫性脳炎など)を行います。日常生活だけではなく、就学・就労においても患者さんが満足できるよう、最適な治療を提供しています。 神経免疫疾患の治療は目覚まし進歩を遂げ、いまや、「疾患を治す」時代から、「充実したQOL」を目指す時代になりました。患者さんとともに、希望をもって診療に邁進してまいりたいと思います。
研究内容
- フローサイトメトリーを用いた免疫性神経疾患における末梢血・髄液中のTh1、Th2、Th17、調節性T細胞に関する研究2)
- 免疫性神経疾患における血清・血清中のサイトカイン、ケモカイン、各種炎症性バイオマーカ―の研究3)
- 脳腫瘍と中枢神経炎症性脱髄性神経疾患の鑑別における神経画像検査、髄液検査の有用性に関する研究3),4)
- 腫瘍様抗MOG抗体関連疾患の脳病理に関する研究
- 免疫性神経疾患における妊娠・出産における免疫病態機能の研究5)
-
免疫性神経筋疾患における接着因子に関する研究2)
- 高齢MS患者に関する疫学的研究
- 二次性進行型多発性硬化症における歩行機能に関する研究
当科ではMS、NMOSDなど中枢神経炎症性脱髄性疾患の病態解明のため、フローサイトメトリーを用い、リンパ球上のケモカイン受容体や病原性接着因子の発現に関する研究を行っております1)。また妊娠・出産に関連した再発リスクとそれに伴う免疫機能の変化に関する研究を継続しております5)。そして、当院では神経膠腫や中枢神経悪性リンパ腫をはじめとした脳腫瘍の患者数が非常に多く、脳腫瘍の疑いで受診したものの、諸検査の結果、中枢性炎症性脱髄性疾患で当科へ紹介という患者さんも少なくありません。したがって、このような患者さんの診断精度を上げ、より早く適切な治療を受けていただくため、鑑別診断にも力を注いでいます。脳外科、放射線診断学教室、病理学教室と連携し、脳腫瘍と中枢性脱髄性疾患の臨床に関する研究論文を発表しています3),4)。重症筋無力症(MG)に関しても、視神経脊髄炎との合併や6)、免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブに関連するMGなど7)、国内外の学会で積極的に発表しています。
2021年には、NMOSDと卵巣奇形腫の合併例において卵巣奇形腫の病理学的解析を行い、神経免疫領域のトップジャーナルであるNeurology: Neuroimmunology & Neuroinflammation誌に発表しました8)。MS、NMOSD、MG以外にも、IgG4関連疾患9),10)、進行性多巣性白質脳症11)、 免疫チェックポイント阻害薬関連末梢神経障害12)、など神経免疫疾患に関する数多くの英文症例報告を発表しています。
過去の業績
1) 清水優子. 脱髄性疾患の妊娠・授乳中の治療指針. 日本臨床 79 (10) : 1623-1630, 2021
2) Ikeguchi R, Shimizu Y, Kondo A, et al. Melanoma cell adhesion molecule expressing
helper T cells in CNS inflammatory demyelinating diseases. Neurology:
Neuroimmunology & Neuroinflammation. 8: e1069, 2021
3) Ikeguchi R, Shimizu Y, Shimizu S, et al. CSF and clinical data are useful in
differentiating CNS inflammatory demyelinating disease from CNS lymphoma. Mult
Scler. 24: 1212-1223, 2018
4) Ikeguchi R, Shimizu Y, Abe K, et al. Proton magnetic resonance spectroscopy
differentiates tumefactive demyelinating lesions from gliomas. Mult Scler Relat Disord.
24:77-84, 2018
5) Shimizu Y, Fujihara K, Ohashi T, et al. Pregnancy-related relapse risk factors in women
with anti-AQP4 antibody positivity and neuromyelitis optica spectrum disorder. Mult
Scler. 22: 1413-1420, 2016
6) Ikeguchi R, Shimizu Y, Suzuki S, et al. Japanese cases of neuromyelitis optica spectrum disorder associated with myasthenia gravis and a review of the literrature. Clin Neurol Neurosurg. 125: 217-21, 2014
7) So H, Ikeguchi R, Kobayashi M, et al. PD-1 inhibitor-associated severe myasthenia
gravis with necrotizing myopathy and myocarditis. Journal of the Neurological
Sciences. 399: 97-100, 2019
8) Ikeguchi R, Shimizu Y, Shimomura A, et al. Paraneoplastic AQP4-IgG-seropositive
NMOSD associated with teratoma: A case report and literature review. Neurology:
Neuroimmunology & Neuroinflammation. 8: e1045, 2021
9) Kondo A, Ikeguchi R, Shirai Y, et al. Association of IgG4-Related ArteritisWith Recurrent
Stroke. J Stroke Cerebrovasc Dis. 29:104514, 2020
10) Oshima R, Ikeguchi R, Wako S, et al. IgG4-related brain pseudotumor mimicking CNS
lymphoma: A case report. Neuropathology 42:526-533.
11) Negishi N, Ikeguchi R, So H, et al. Successful treatment of progressive multifocal
leukoencephalopathy that developed 21 years after renal transplantation: A case report.
Neuroimmunology Reports. 2022 Jul. 2; 100113. doi: 10.1016/j.nerep.2022.100113
12) Wako S, Ikeguchi R, Toda K, et al. Characteristic cerebrospinal fluid findings in
immune checkpoint inhibitor-related peripheral neuropathy: A case report. J
Neuroimmunol. 374:578010.